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名古屋高等裁判所 昭和44年(ネ)166号 判決

控訴人 株式会社林屋

被控訴人 株式会社山本山

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

二、控訴人は被控訴人に対し、金四〇九万三七二三円および内金二八四万二三二四円に対する昭和四一年八月二一日以降、内金一二五万一三九九円に対する同年九月二一日以降、各支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三、控訴人の本訴請求および被控訴人のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その二を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

五、この判決は、被控訴人勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金四万九五九四円およびこれに対する昭和四二年二月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに第二項につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、次に付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴代理人の陳述)

一、控訴人の受けた損害金(控訴人主張の請求原因六項)請求の滅縮

控訴人は、被控訴人の債務不履行又は不法行為により、次のとおり合計金六七六万七七二三円の損害を蒙つた。

(一)  金六二〇万六三一三円

控訴人は被控訴人より仕入れる海苔、茶類商品を取引中止直前の一ケ年前で金二九七七万三四三〇円販売し、年間金四〇二万九五七一円の利益を得ており、これより支出する諸経費は金一九六万〇八〇〇円であるから、別紙計算書のとおり差引年間金二〇六万八七七一円の純利益があつた。したがつて、昭和四一年九月一日から少なくとも栄町地下街店の賃借期限の範囲内で、かつ、因果関係上の相当期間内である三年間、右利益を喪失し、合計金六二〇万六三一三円の損害を受けた。

(二)  金五四万一五一〇円

被控訴人の製品販売を他の商品販売に切りかえるため、海苔棚、陳列ケース、照明器具等の取りはずし、店舗改装、模様替えのための費用として右金額の出費を余儀なくされた。

(三)  金一万一三〇〇円

控訴人の所有車両には宣伝のため被控訴人の商品名が表示されていたので、これを書きかえる塗装に要した金額

(四)  金八六〇〇円

店頭のアクリライトアンドンの宣伝用被控訴人商品名の表示をかえるのに要した費用

以上合計金六七六万七七二三円也

二、控訴人は以上合計金六七六万七七二三円の損害賠償債権を有するところ、他方、被控訴人より金六七一万八一二九円の買掛金債務を負担し、本訴状の送達により右金額と対等額で相殺したから、差引き金四万九五九四円とこれに対する本件訴状送達の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、本件取引契約に対する控訴人の努力と出捐

(一)  継続的商品取引を一方的に取引中止しうるか否かを判断するには、両当事者の当該取引に対する利害の程度、取引に尽した努力の程度、取引中止により受ける被害の程度等を比較衡量し、取引中止の正当事由たりうるかどうかを検討すべきである。例えば、甲乙間の取引において乙が当該取引に対して設備、人員など特に新しく資本投下をせず、取引中止があつても大した被害を受けないというのであれば、甲は軽度の事由をもつて取引中止の正当事由となしうるが、これに反し、乙が当該取引に対して相当な資本投下をなし、また取引の維持、伸張に相当の努力を払つており、取引中止によつて重大な被害を生ずるような場合には、甲において相当高度の正当事由がなくては取引中止ができず(東京地裁昭和三六年一二月一三日判決、判例時報二八六号二五頁参照)、もしくは、被害をカバーしうるだけの予告期間の存置、代替補償を提供しなければならないというべきである。

(二)  控訴人は、元来、酒類、輸入食料品の販売を業とするものであるが、昭和三七年暮頃、被控訴人より海苔、茶類を販売して貰いたい旨の申入れがあり、同年一二月一日から取引が開始された。取引開始に当つて、名目的には東海地区、実際市場としては名古屋地区で、控訴人が一手販売をすること(但し、被控訴人が以前から直営する栄町店だけは別)、販売箇所としてデパートを一つ加えることが決められた。

(三)  そこで控訴人は、自社の本店、大名古屋ビル店での販売に加えて、丸栄百貨店と熱心に交渉した末、丸栄の取得歩率一八%の取引条件で取引を開始した。

(四)  次いで、翌三八年夏頃、被控訴人は、昭和三二年以来六年間も経営してきた栄町直売店が経営成績が悪く、採算も合わないので、控訴人に同店を買い取り経営して欲しい旨申入れてきた。そこで、控訴人はやむなく、同店のほか、倉庫、従業員すべてを譲り受け、賃借保証金の肩代り金二五三万二〇〇〇円(賃料月額四万五一二円)、営業権、設備、造作、器具類代金約六〇〇万円(商品を除く)、計約八五〇万円の多額の出捐をしたうえ、同年九月以降栄町店を控訴人が経営することになつた。

(五)  控訴人は、被控訴人商品の販売成績の向上、宣伝普及等に自己の費用を投じて力を注いだ。例えば、控訴人の各店舗にはその商品名を示すため多くの設備、看板を置き、運搬車一〇数台に被控訴人名を塗装表示し、新聞、雑誌その他に紙上宣伝するほか、国際ホテルにおいてテイーパック試供、展示会を開いたり、ダイレクトメール約二〇〇〇通を各季節に出したり、その努力は枚挙に尽しがたい。当時、名古屋地区では、海苔に関する限り、もつぱら山形屋、山本海苔店の名が高かつたので、控訴人は被控訴人山本山の劣勢を少しでも盛り上げようと多大の努力をしたのである。

(六)  被控訴人が直営していた栄町店のごときは、昭和三七年八月から翌三八年七月までの売上総額は金九九二万二九一二円であつたが、控訴人が経営するようになつた昭和四〇年八月から翌四一年七月までの間の売上総額は二九七七万三四三〇円となつた。僅か三年の違いで実に旧来の三倍、二〇〇%の売上伸張をみているのである。

(七)  以上のような、控訴人の投資、経営努力、その実績を一挙に一方的に取引停止できるような正当事由は、本件の場合、決してなかつたのである。

四、売上伸張率について

当事者双方の会社の売上伸張率については、被控訴人提出の乙第二一号証に現われている売上伸張率だけをみても、昭和三八年(控訴人が取引を始めた年)から四〇年まで三年間をとれば、被控訴人会社においては四六%の伸び率を示しているのに対し、甲第二五号証、第三一号証によれば控訴人会社の売上伸張率は、

三八年売上 一四三七万四九四〇円

四〇年売上 二二九七万七〇〇〇円

三年間の伸び 五九% である。

また、名古屋地区における売上伸張は、ひとえに控訴人の寄与によるものであり、これを控訴人が販売に加わる前の一年間と取引中止直前の一年間を比較してみると、全く控訴人の努力と実力により飛躍的に実績が向上しているのである。すなわち、

三七年八月から三八年七月まで 九九二万二九一二円

四〇年八月から四一年七月まで 二九七七万三四三〇円

四年間の伸び 二〇〇% である。

右の事実関係を正当に評価すれば、控訴人の売上伸張率が他店に比し相当に低かつたなどとは到底いえない。

五、歩率問題について

歩率問題は、被控訴人が本件取引中止の口実に利用しているものであつて、一八%への引下げは、被控訴人の会社内部の事情(担当員の交替)によつて態度が変わり、昭和四一年五月以降申入れてきたものである。

仮りに一八%の歩率に押えて、被控訴人との取引を打切つたとすれば、名古屋地区の売上げは年間約一〇〇〇万円である。しかし、二一%の歩率でも控訴人の売上げは年間約三〇〇〇万円であるから(甲第三〇号証から推定)、売上量でカバーしており、被控訴人には二一%の歩率が負担、不利益ではない。

しかも、被控訴人は他店とも二〇%ないし二二%の歩率で契約しているのである。また、被控訴人の控訴人に対する販売商品の運搬は、まとめて控訴人の商品倉庫に送り付けるだけで、あと倉庫から実際の売場への運搬等の業務は控訴人が負担し、被控訴人の負担は他店の場合に比し軽減されているのである。

もともと、本件取引の交渉を受けた当初は二五%の歩率が約束されたが、昭和三七年一一月実際に取引開始をする段階に至つて、二三%とされたのである。ところが被控訴人は、翌三八年一月から二一%に歩率ダウンを要求したが、更に四〇年五月に一八%に引下げを要求し、実に約三年半の期間に四回にわたり歩率ダウンの意思表示をしてきたのである。

しかし、控訴人が丸栄に納入する商品は、一八%の歩率を取得され、しかも、丸栄はこれを二〇%にせよと求めていた程であつた。被控訴人は取引の開始に当り、販売先として百貨店を入れることを要請し、かつ丸栄の歩率取得が一八%であることも承知しているのである。従つて、もし一八%に歩率が引き下げられれば、控訴人としては利益なく、諸経費を考えれば却つて赤字となる。そこで、昭和四一年五月被控訴人より右申入れがあつた際、控訴人は対丸栄問題を説明し、丸栄との歩率ダウンを交渉成功せしめることを願つて、折を待つたが、被控訴人はその余裕も与えず、わずかに三ケ月をもつて取引を中止してきたのである。

以上のとおり、歩率問題は、結局その取り決めの変転、相互の利害程度、本件取引の実情、控訴人の栄町店承継のいきさつと出捐、対丸栄交渉、相互の善処態度、時期等、多くの複雑な事情によつて、控訴人がその引下げに応ずべきか否かを考えるべきであるが、前記指摘の事実関係からみれば、控訴人が未だ八月までに応じきれなかつたことは少しも非とするに当らず、却つて、被控訴人の要求こそ無理難題ともみるべき申入れである。

六、丸栄の歳季贈答商品の件について

被控訴人の主張は「被控訴人は昭和四〇年五月控訴人に対し海苔の新製品につき新価格の表示並びに旧商品の回収を指示したところ、控訴人は被控訴人の指示に反し旧商品の返品を怠り、旧商品を新価格で名古屋市内の百貨店に納入する不信行為を行つた」というのであるが、これはひどい曲解である。右は贈答用にセツトした各セツトの価格訂正に関する問題であつて、「新商品」と「旧商品」との区別はなかつたし、また、セツトの価格訂正があつただけであるから返品の必要も指示もなかつた。

たまたま、丸栄が前年の暮れに控訴人より仕入れた海苔のセツトを、当年中元時まで持ち越し、棚の隅に置いていた。これを丸栄は誤解して、自社が昨年仕入れたものを、当年中元時に入つてきたものと感違いし、控訴人に疑義を申し出たため、控訴人も取り敢えずそのまま被控訴人に伝えて調べてもらいたいと申し出たまでのことである。

従つて、控訴人の態度に責めらるべき問題は全くなく、却つて、放置して知らぬ顔をするよりは、いち早く調査を申し出たことこそ、むしろ商品管理に真剣であつたというべきである。そして、結果は誰のミスでもないことが判明した。このように、明快に単なる丸栄の感違いと判明したのに拘らず、この問題を被控訴人によつて本件取引中止の事由として口実化せられてきたに過ぎない。

七、代金の支払いについて

被控訴人の指摘する具体的な数字は、この関係を「支払期限」「被控訴人への入金日」という基準によつて、次のごとく現わされている。

(締切り日)(支払期限)(入金日) (遅延日数)

(1)  40・4・20 40・5・28 40・6・3   6

(2)  40・5・20 40・6・28 40・7・6   8

(3)  40・5・20 40・6・28 40・7・10   12

(4)  40・6・20 40・7・28 40・8・4   7

(5)  40・8・20 40・9・28 40・20・4   6

(6)  41・1・20 41・2・28 41・3・3   3

(7)  41・3・20 41・4・28 41・4・30   2

(8)  41・4・20 41・5・28 41・5・30   2

(9)  41・6・20 41・7・15 41・7・23頃 約8

しかし、一般に継続的商取引の実践において、さくそうする取引代金の支払につき、何年間もの間に生ずるごく少回数の右のごとき遅延は、債務不履行ないしは不信行為として取り上げられるべきものではない。

第一に、本件において定められた「支払日」は、特定契約における履行期限とは性質を異にする。それは文字通り支払日である。商社の継続的取引において、毎月の支払日というのは殆どが多数の口数、取引先との支払を統一的にまとめてするため、現金、小切手等を払い出す日と意識して、送金の場合は、送金する日であつて、必ずしもその日に相手方に到着する必要性ありとは考えていない。本件でも明らかに支払日であつた。

第二に、控訴人は、毎月末日、毎月二八日、毎月二〇日と順次改訂合意された支払日に送金をすることによつて経過し、一度も問題なく、また催告とか注意とかのあつた例がない。

第三に、控訴人と被控訴人間には、「海苔勘定」、「茶勘定」、「インスタント勘定」等勘定項目が多く、伝票もそれぞれ別に送られてくるし、値引き、返品、雑勘定等、支払準備中に整理する問題が多く、ときに伝票整理、納品伝票の遅延、数字面の連絡照合により若干の日数、支払の遅れることは、長い取引の途上、ときにあつて当然である。

第四に、被控訴人は、昭和四一年六月二〇日締切りの分が、翌月一五日払いと主張するが、支払日は一方的申入れによつて決せられることはなく、そして右申入れ後、両者合意により支払日を八日早めるという控訴人の誠意の結果、二〇日支払いと決つたもので、全く問題がなかつた。

第五に、最終月分は八月二〇日支払いを予定中のところ、前月七月末取引中止を申入れてきて窮地に迫られ、損害の相殺等のため控訴人は急拠支払を止めたが、この時点における措置は権利確保の当然の態度である。

八、本件取引中止の真相

(一)  以上にみてきたように、控訴人がその大なる投資と努力によつて開発進展させた取引を、一方的に被害負担のうえ解約せしめられるような債務不履行あるいは不信行為は、控訴人側には全くない。

(二)  歩率にせよ、支払日にせよ、丸栄贈答品の問題にせよ、被控訴人側の取引中止のために志向せられた口実というほかはない。

被控訴人は、控訴人に昭和四一年七月下旬取引中止を申入れると、すぐその足で丸栄百貨店に赴き直接取引を慫慂しているのである。しかし、丸栄側も商道徳を無視したこの態度に応ずることをいさぎよしとせず、これを断るや、すぐ被控訴人は同年八月末あるいは九月にオリエンタル中村百貨店において取引を開始したのである。

(三)  被控訴人は、控訴人をして名古屋地区の市場開発に努力せしめ、また採算の合わない栄町店を一括引き受け出捐させて自社の負担をなくしたうえ、控訴人の働きにより名古屋地区における販売量が実に二〇〇%の伸びをみたため、自ら百貨店への直接販売、名古屋地区の市場利用を狙つたものと明らかに推認できる。しかし、本件の具体的事情の下では取引の相手方たる控訴人の犠牲においてまでこれが許されるものではない。

(被控訴代理人の陳述)

控訴人の右主張のうち、被控訴人従前の主張に反する点は全部否認する。

(証拠関係)〈省略〉

理由

第一、原審(ワ)第二四六五号損害賠償請求事件に対する判断

一、控訴人が名古屋市内において海苔、茶類、酒類その他食料品の販売を業とする株式会社であり、被控訴人が「東京日本橋山本山」なる商標で主として海苔を製造販売する株式会社であること、昭和三八年九月三〇日、控訴人が被控訴人から、従来海苔等の販売のため使用していた名古屋市栄町駅中階地下室第三号店舗の賃借権を譲り受け、同店舗等で被控訴人の製品を販売していたこと、ところが被控訴人は昭和四一年七月ころ控訴人に対し、海苔等の製品の販売を中止する旨申入れ、同年八月一九日以降控訴人の注文を拒否し、被控訴人の製品を一切納入していないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、そこでまず本件契約の内容について判断するに、成立に争いのない甲第一ないし第四号証、第五、第六号証の各一、二、第二八号証に原審証人麻賀昭三、同林和夫、同北村徹郎、当審証人酒井博之(第一回)、同副島誠、原審および当審証人林光雄(当審第一回)の各証言を総合すると、次の事実が認められる。

控訴人は、昭和三七年一一月二二日被控訴人との間において、被控訴人が自社製品の海苔、茶類を控訴人の注文に応じて契約期間の定めなく継続して販売供給し、控訴人をして右製品を名古屋地区で一手販売(エイジエント扱い)させること、控訴人は右製品の買受代金として小売価格の七九%(控訴人のマージン率二一%、但し昭和三七年一二月三一日までは二三%)を、毎月末締切り翌月末日限り銀行振込み支払うことを内容とする継続的販売契約を締結した。ところが、右契約後も被控訴人は、名古屋市高速度鉄道栄町駅中階地下街第三号の店舗で自社製品を直売していたが、右店舗の売上高が伸びず経営が順調でなかつたので、昭和三八年九月ころ控訴人から右店舗の賃借権等を譲つてほしい旨の申入れがあつたのを機会に、同年九月三〇日右申入れに応じ右店舗の賃借権(保証金二五三万二〇〇〇円、賃料一ケ月四万〇五一二円)および販売設備等を控訴人に譲渡する契約を締結し、控訴人において右保証金債務を引き受け支払い、従業員の雇傭関係も引き継ぐことになり、名実ともに名古屋地区における被控訴人製品の取次販売元となつた。

その後昭和四〇年四月から控訴人の要請で、右代金支払期限を毎月二〇日締切り翌月二八日払いとする旨改めたが、更に昭和四一年六月被控訴人から控訴人に右支払期限を毎月二〇日締切り翌月一五日払いとするよう要請があつたので、控訴人は交渉の末、翌月二〇日払いとすることを承諾した。

以上の事実が認められ、前掲証人麻賀昭三、同北村徹郎の各証言中右認定に反する供述部分はにわかに措信できない。

右認定事実によると、本件当事者間において、被控訴人が控訴人の注文に応じて海苔、茶類の自社製品を期間の定めなく継続的に供給販売する旨の契約が締結され、控訴人は名古屋地区における指定販売店として被控訴人製品の一手販売権をもつことになつたことが認められる。

三、しかして、被控訴人が昭和四一年八月一九日以降、控訴人の注文を拒否し製品を納入していないことは当事者間に争いがないところ、被控訴人は、控訴人との間において昭和四一年七月二〇日、本件取引を同年八月末日限りをもつて停止する旨の期限付合意解約が成立した旨主張する。しかし、前掲証人麻賀昭三、同北村徹郎の各供述中、右主張に副う供述部分は、成立に争いのない甲第六号証の一、二、第八号証の一、二の記載並びに前掲証人林和夫の証言に対比してにわかに措信できないし、他に右合意解約の事実を証するに足る証拠はない。したがつて、被控訴人主張の右抗弁は採用の限りでない。

四、本件契約は、前記認定のとおり、被控訴人が自社の製品たる海苔、茶類につき控訴人を名古屋地区における一手販売権を有する指定販売店として期間の定めなく継続的に売り渡し供給する旨の契約であり、しかも、後記認定のとおり、控訴人は右製品を自社の主要商品として多額の出損をしたうえ、販売設備を整え、広告、宣伝に力を入れ、販路の開拓拡張に努めたものである。

かかる特定商品の継続的な一手販売供給契約にして、供給を受ける者において相当の金銭的出捐等をしたときには、期間の定めのないものといえども、供給をなす者において相当の予告期間を設けるか、または相当の損失補償をしない限り、供給を受ける者に著しい不信行為、販売成績の不良等の取引関係の継続を期待しがたい重大な事由(換言すれば已むを得ない事由)が存するのでなければ、供給をなす者は一方的に解約をすることができないものと解すべきである。けだし、右の如き契約は、期間の定めがないときといえども、その性質上相当長期間に亘り、且つ、当事者双方の利益に資するために供給を受ける者が人的物的の投資をなすべきことが予期されるものであり、しかも右投資が現実になされるにおいては、契約の安定性が要請せられ、供給をなす者において自由に解約をすることのできる権利を抑制し、相当の制限を加うべきものであることは公平の原則ないし信義誠実の原則に照してこれを相当とするからである。

ところで、被控訴人は、控訴人に商品管理上の不信行為、その他取引解約の正当事由がある旨主張するので、以下この点について審按する。

成立に争いのない甲第五ないし第八号証の各一、二、甲第二九号証の五(但しペン書き部分を除く)、乙第一五号証の一ないし五、第一六号証の一ないし六、第一七号証の一ないし三、第一八、第一九号証の各一ないし六、第二二、第二三号証の各一、二、第二四、第二五号証の各一ないし四、原審証人林光雄の証言により成立を認めうる甲第一一号証の一、二、当審証人酒井博之の証言により成立を認めうる甲第二五、第三〇、第三一号証に、原審証人中川定章、前掲証人林和夫、同林光雄、同酒井博之、同副島誠の各証言および前掲証人北村徹郎、同麻賀昭三の各証言の一部を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  控訴人は、昭和三七年一一月以降、本件契約に基づき被控訴人より継続して海苔、茶類の供給を受け、右製品を大名古屋ビル店、栄町店、丸栄百貨店等で販売するとともに、多額の費用を投じて新聞、雑誌、放送、ダイレクトメール等を通じて被控訴人製品の広告、宣伝に力を入れ、また控訴人店舗の表看板および運搬車両一〇数台の車体に被控訴人の商標並びに商品名を表示する等、名古屋地区における被控訴人製品の販路拡張に努めた結果、本件取引解約前一年間の控訴人の右製品売上高は、被控訴人が栄町店を直営していた当時(昭和三七年八月から翌三八年七月まで)の年間売上高に比較すると、約二〇〇%の増加となり、売上高二九七七万三四三〇円、売上利益約四〇〇万円(但し営業経費を含む)に達し、右製品が控訴人の取り扱う商品の中でも重要部分を占め、右製品売上高は控訴人の総売上高の約一割になつていた。

(二)  昭和四一年五月以降、被控訴人製品の値上げに伴い、被控訴人は控訴人のマージン率を負担に感じ、そのころ北村営業部次長を控訴人方へ派遣して、控訴人のマージン率二一%を一八%に引下げて貰いたい旨申入れたが、控訴人としては当時右製品を更に丸栄百貨店に対し、同店のマージン率一八%で卸売りしており、控訴人の利益は運送費を含む僅か三%に過ぎず、しかも同百貨店より山形屋なみに二〇%に引上げて貰いたい旨予ねて要請されていた折でもあつたので、右事情を伝え、現状では直ちに右申入れに応じられない旨拒絶した。そのため、被控訴人は、自社製品の名古屋地区における市場占有率を確保し、企業の採算を維持するためと称し、同年五月一八日付書面をもつて控訴人に対し、(1) 控訴人宛ての販売は、その数量、対象ともに現状に据え置くこと、(2) 名古屋地区における新規販売の拡張は今後被控訴人自らこれを行うこと、(3) 代金の支払期限についても、現行二〇日締切り翌月二八日払いを翌月一五日払いに改めるよう代金支払条件を厳しくし、控訴人との取引高の凍結を計り、控訴人の名古屋地区における一手販売権を奪うような強い措置に出た。そこで控訴人は、取敢えず代金支払期日について被控訴人の担当者と折衝のうえ、六月分以降毎月二〇日締切り翌月二〇日払いとすることを承諾した。

(三)  被控訴人は、海苔製品の内容および売価改訂に伴い、同年五月一日以降新商品を新価格で販売し、一部の商品は返品伝票で操作するよう指示したが、特に旧製品の回収方を指示しなかつた。ところが同年七月中旬、丸栄百貨店において同店の中川販売主任が商品検査の際、新価格による海苔の特定セツトの中に旧製品が混入していたので、控訴人にその旨通報した。そこで控訴人は被控訴人方へ苦情の電話をしたところ、被控訴人は同月一九日川久保社員を名古屋に出張させて控訴人会社倉庫および丸栄百貨店の売場を調査し、右混入した製品を持ち帰つた。被控訴人は右製品の乾燥剤、品質を検査したところ、旧製品であることが判明したが、工場の作業システム等から考えて被控訴人方において旧製品が新製品の中に混入することはあり得なかつた。そこで直ちに被控訴人会社の北村次長は、控訴人会社専務取締役林和夫に対し、電話で控訴人に商品管理上の手落ちがある旨その不手際を非難したところ、却つて両者の間で責任の所在をめぐつて口論となり、遂に北村は取引を中止する意向を示した。しかし、控訴人においても被控訴人より仕入れた海苔の特定セツトについては、そのまま丸栄へ卸していたので、旧製品を新製品として納入するようなことはなく、調査の結果、むしろ丸栄側において、前年歳暮用に仕入れた旧製品を持ち越し、誤つて新製品に混入していたものと窺われるが、丸栄においてもこれを販売する前に発見して是正したので、顧客に対する被控訴人の信用を毀損する虞れは生じなかつた。

(四)  しかるに、被控訴人の控訴人に対する不信感は強く、同月二五日ころ被控訴人は麻賀課長を控訴人方へ赴かせ、控訴人に対し、中元用贈答期につき同年八月末までは引続き商品を納入するが、同日限り控訴人との取引を打ち切る旨口頭で告げた。これに対し、控訴人側は常務取締役林光雄を被控訴人方へ派遣し、或は文書をもつて、再三従来どおり取引を継続して欲しい旨懇請したが、被控訴人は既定方針に従い、同月一一日までは製品を納入したが突然八月一九日、控訴人の注文を拒絶するに至つた。そのため控訴人は、対抗手段として翌二〇日支払うべき同年六月二一日から同年七月二〇日までの間の被控訴人に対する商品代金五四六万八七〇五円の銀行送金を差し止めた。

(五)  控訴人は、昭和四〇年四月以降数回にわたり約定の支払期日より二日ないし数日遅れて被控訴人に代金を送金しているが、被控訴人担当者より電話で一度支払の催促を受けたのみで、特に厳しく催促を受けたことはなかつた。

以上の事実が認められ、成立に争いのない乙第一号証の記載並びに前掲北村徹郎、同麻賀昭三の各証言中、右認定に反する部分は、前顕各証拠に照らしてたやすく措信できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

なお、前掲証人北村徹郎、同麻賀昭三は、控訴人が他店に比し、返品および繰越残高が多く、売上伸張率も悪いのにかかわらず、他に例を見ない高いマージン率であつた旨供述しているけれども、麻賀証人の証言およびこれにより成立を認めうる乙第一〇号証の一ないし一〇によると、被控訴人の他の指定販売店は、被控訴人社員を派遣しているもの、広告宣伝を兼ねているもの等それぞれ取引の特殊事情により支払条件その他において異ることが窺われるので、直ちに控訴人が他店に比しマージン率が高く、常に返品および繰越残高が多かつたとは認められない。また、北村証人の証言により成立を認めうる乙第二一号証によると、被控訴人全体の対前年度伸張率は、昭和四〇年度が一一五であるのに対し、控訴人の伸張率は昭和三九年度を一〇〇とした場合、昭和四〇年度は一〇五であつて、その限りでは伸張率が低いけれども、前掲甲第三一号証記載の昭和三八年度の売上高を一〇〇とすれば、昭和四〇年度の控訴人の伸張率は一五九であり、被控訴人全体の右伸張率一四六より高いことが認められ、かつ、被控訴人製品の知名度による販売地域の特殊性を考慮するならば、右乙号証記載の一事をもつて控訴人が他店に比し特に売上伸張率が悪かつたとは速断できない。のみならず、さきに認定したとおり、むしろ控訴人の取引中止前一年間の売上高は、被控訴人経営当時の名古屋地区における売上高に比較すると二〇〇%の増加となつていることが認められる。

以上認定の事実よりすると、本件継続的供給契約は、過去三年有余にわたつて円満に継続し、控訴人は名古屋地区における一手販売権をもつ指定販売店として被控訴人製品の広告宣伝並びに販路拡張に努め、被控訴人のためにも多大の寄与をしてきたことが明らかであり、しかも控訴人は被控訴人の商品販売高において相当の好成績を挙げている。しかるところ、被控訴人は昭和四一年七月二五日ころ同年八月末日限り取引を中止する旨解約申入れをしながら、同年八月一九日突然納品拒否の措置に出たものである。しかし、被控訴人が解除理由として主張する丸栄百貨店における商品管理上のミスは、その責任の所在をめぐつて多少の口論をなし、被控訴人に不信感を抱かせたことは否めないが、控訴人の手落ちでないのみならず、これにより何ら被控訴人の顧客に対する信用を毀損するごとき虞れを生じていないから、右の事実をもつて本契約を継続し難い程の不信行為があつたものとなすに足りない。また、控訴人の昭和四一年七月分の代金不払は、約定の期限前である同年八月一九日被控訴人が突然納品拒否の措置に出たことに対抗して、翌二〇日支払うべき代金の支払を差し止めたものであつて、本件解除後の出来事であるから、これを解除原因として考慮するに値しない。更に被控訴人がしたマージン率の引下げの申入れについても、本来右歩率を引き下げるを相当とする合理的理由に乏しいものであり、控訴人が右申入れに応じなかつたからといつて、本件契約が双務契約である以上、これを理由に一方的に解除することはできないし、また、控訴人が昭和四〇年四月以降数回にわたり代金の支払いにつき若干の履行遅滞があつた点も、本件のごとき期間の定めなき継続的供給契約を被控訴人側の一方的意思表示により将来に向つて解除し得ると解するに足る重大な事由とは認めがたい。他に本件において被控訴人の解除権の行使を相当と認めるに足る特別の事情は認められない。そうだとすると、被控訴人のこの点に関する抗弁もまた理由がない。

したがつて、被控訴人のなした解約申入れは本件取引の継続を期待しがたい重大な事由を欠き、しかも相当な予告期間を与えずしてなされたものと認められるから不当解除というべく、被控訴人は控訴人に対し、納品を拒否し取引を中止したことによつて生じた損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。

五、進んで、控訴人の蒙つた損害額について検討する。

(一)  前掲甲第一一号証の一、二、第二五、第三〇号証と前掲証人林光雄(原審および当審一、二回)、同酒井博之(当審一、二回)の各証言を併せ考えると、控訴人は被控訴人より仕入れた製品を、本件取引中止直前の一ケ年間で金二九七七万三四三〇円販売し、年間四〇二万九五七一円の利益を得ており、これより支出する諸経費は金一九六万〇八〇〇円であるから、別紙計算書のとおり、差引き年間金二〇六万八七七一円の純利益があつたこと、控訴人は本件取引前から地場の海苔、茶類を取り扱つていたが、その販売額は極めて僅少であつたことが認められ、他に右認定を覆えすに足る資料はない。そこで前認定のような控訴人において被控訴人製品の占めていた割合、これを他の商品に切り替えるに要する期間等を考慮すれば、控訴人は本件取引を中止されたことに因り昭和四一年八月二〇日から少なくとも一年間は、右得べかりし利益を喪失し、右金二〇六万八七七一円相当の損害を蒙つたものというべきである。

(二)  次に成立に争いのない甲第一号証、前掲証人林光雄の証言および右証言により成立を認めうる甲第一二ないし第一四号証、第二六、第二七号証を併せ考えると、(1) 控訴人は、被控訴人より栄町店の賃借権を譲り受けた際の譲渡条件に従い、右店舗の半分を被控訴人製品の販売に当て、従来どおり被控訴人の商標、店名を使用して販売していたところ、本件取引の中止により、右製品を洋酒等他の商品販売に切り替えるため、海苔棚、陳列ケース、照明器具の取りはずし、これに伴う店舗改装、模様替えのための費用として、川名木工株式会社に対し、合計金五四万一五一〇円の支払いを余儀なくされたこと、(2) また、控訴人は本件取引後、その所有の車両に宣伝のため被控訴人の商品を表示していたので、これが書き替える塗装に要する費用として、愛知マツダ株式会社に対し、金七五〇〇円を支払つたこと、(3) 更に控訴人は、店頭のアクリライトアンドンに被控訴人商品名を宣伝用に表示していたので、これを書き替えるため、ニシノ工芸社に対し、金八六〇〇円を支払つたことが認められる。

したがつて、控訴人は本件取引の中止により、以上合計金二六二万六三八一円相当の損害を蒙つたものということができる。

(三)  しかして、控訴人が昭和四一年九月一二日本訴状の送達により右損害賠償債権をもつて、被控訴人の後記売掛代金債権金六七二万〇一〇四円と対等額で相殺する旨の意思表示をしたことは本件記録上明らかであるから、控訴人の右損害賠償債権は相殺により全額消滅したものと認めることができる。

してみると、控訴人が被控訴人に対し、更に損害金四万九五九四円およびこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は失当であるからこれを棄却する。

第二、原審(ワ)第一八〇四号売掛代金請求事件に対する判断

一、控訴人、被控訴人がともに海苔等の食料品を販売する株式会社であること、被控訴人が控訴人に対し、昭和四一年六月二一日から同年七月二〇日までの間、一四回にわたり金五四六万八七〇五円相当の海苔、茶類を売り渡し、また、同年七月二一日から同年八月二一日までの間、五回にわたり金一二五万一三九九円相当の右商品を売り渡したことは、いずれも当事者間に争いがない。

また、前記第一の二の(二)認定の事実によれば、昭和四一年六月ころ当事者間において、右商品代金の支払期日を毎月二〇日締切り翌月二〇日払いとすることの合意が成立したことは明らかである。

そこで控訴人の相殺の抗弁について判断するに、前記第一の五で説示したように控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求は、金二六二万六三八一円の限度で理由があるから、控訴人の前記相殺の意思表示により、右債権をもつて、被控訴人の本訴売掛代金債権のうち控訴人にとつて弁済利益の多い内金五四六万八七〇五円の売掛代金とその対等額で相殺充当することになるから、控訴人の抗弁は右の限定で理由がある。

二、してみると、控訴人は被控訴人に対し、昭和四一年六月二一日から同年七月二〇日までの売掛残代金二八四万二三二四円および同年七月二一日から同年八月一一日までの売掛代金一二五万一三九九円、合計金四〇九万三七二三円および内金二八四万二三二四円に対する昭和四一年八月二一日以降、内金一二五万一三九九円に対する同年九月二一日以降、各支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、被控訴人の請求は、右支払いを求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却する。

第三、結論

以上の次第であるから、当裁判所の判断と異る原判決を右のとおりに変更することとし、民訴法三八六条、九六条、九二条、一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 宮本聖司 土田勇)

(別紙)

計算書

総売上  29,773,430

販売利益 4,029,571 ……………(イ)

経費   1,960,800 ……………(ロ)

経費内訳

一般   13,268,510 (海苔売上額)

4,229,660 (茶類売上額)

17,498,170 (計)

17,498,170×0.109 = 1,907,300

丸栄  53,500

純利益 (イ)-(ロ) 2,068,771

(註) 丸栄は海苔のみを扱い、茶の取扱いはない。

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